昭和41年06月06日 朝の御理解
神様の願いが、椛目の上に成就するという。それは、椛目の上に、本当のおかげが成就するということだと思う。これを小さく言うと、神様の例えば大坪総一郎、私にかけられておる願いが成就するということではある。ただ皆さん一人ひとりの上に、天地の親神様の願いがかけられておるはずである。その願いが成就する。その願いが成就していくと。そのことが私共の、また願いであるわけです。神の願いを願いとしてと言うのは、そういうことなんである。
お釈迦様の教えておられる、まぁ人間に対するところの、何と申しますかね、仏様の願いと言うものは、私共が頂いておるこの寿命というものを、全うしということに全うするということに、生き甲斐を感じるということ。私共が頂いておるその寿命というものを、全うするということ。それはただ私共が八十まで生きた、九十まで生きたと百歳までただ生きたというだけの事ではないと思う。
その内容というのは、ただ今私が申しますように、その一人ひとりの上の、人間氏子の上にかけられた、仏様と言うか、神様の願いと言うものがです。それが成就するということだと。だからそれは、長生きと言うことだけを、意味するものではなかろうとこう思う。ね。私共が一生涯、ね。例えば、この世に生を受けさせて頂いて、そして神様の願いが、私の上になる。成就しという事は、それだけ神様のお喜び頂けれる、御用が出来たということにもなる。
ですからその喜びが、私共の寿命の上にも、いわば、「生きたくば、信心して、長生きをせよ」と仰るような風に現れてくる。四神様のお言葉の中に、「神が与えた寿命を、生きる氏子が少ない」と仰る。そこから見て、如何にその、神様の願いが、一人ひとりの上に成就するという事が、実は難しいことかと言う事が分かる。ね。天寿を全うすると、こう言うけれども、それは天寿ではない場合が多いということである。それは神の願いが、その氏子の上に現れるようなおかげを頂いていないから。
ただ自分の願いだけは、成就しておる。もうこれだけが私の念願。もう子供に嫁御を呼んじゃって、そして孫の顔でもみりゃもうそれで、私は思い置くことはなかと言った様な、つまらんと言うちゃならんけれど、小さい自分の願いが成就したら、もうそれで事足りたような思い方、そう言う様なものではない。真実のおかげというのは、天地の親神様が、私共一人ひとりの上に掛けて下さる願い。
ですからそういう願いがです。私共の上になる時、ね。それが成就する時、又はそれが成就しつつある時、神様のお喜びはそこにあるのである。また、私共の喜びも、またそこに、当然無からなければならない。神の願いを願いとしてのおかげを頂きたいと、こう思うのです。そこで神様はそうあられたい、またそうあらせたいという願が、さまざまな事の中に、場合には大きな難儀と言った様な、災難と言った様な事によって、現れてくるわけでございます。ね。
昨日、四時ごろでしたでしょうか。秋永先生がところから、迎えが参りましてね。もう毎日毎日、親先生に会いたい。親先生に申し上げておきたいことがあると言うて申しますもんですから。してから昨日の朝、フミさんが参って見えてから、言うておられました。私も会いたいのだけれども、良いでしょうかと言う。神様になんとかお許しを頂いておるから、まぁ午後からならばと言うておった。それもよもや、昨日来るとは思わなかった。で私も同じならば早いほうがええばいと、私は言うとったもんですから。
もう昨日呼びに来とる早速。もうそれこそ、私は深呼吸を何べんもしてから、病室に入りました。家内は行きがけ、「もうお父さん、あなたはあちらで泣いちゃ出けんですばい」ち、「泣くもんか」ち言うちから、けれどもやっぱりあの入りましたら、もうてぇげほけんごとしとりましたばってん、あのそれこそ、天地の親神様の願いが、あぁした姿で現れておると思うたら、あの助かって良かったね。と言った様なものではなくてです。もう本当にもう感激いたしました。
先生ももう言葉になって、話が出来ない位に。そして先生あれも申し上げたい、これも申し上げたいと思うばってん、もうなぁにも申し上げられん。もう顔見りゃそれで良かつですたいね、お互いが。それで通うのですよ。まぁ言うちゃいかん。もうまぁだ大体面会謝絶でございますから、もう一週間あまりはどうでもあの、面会謝絶でこのままおかげ頂きたいと言うて、あのフミさんが申しておりましたが、小一時間おりましたでしょうか。何かもうずうっとその思い出し思い出し、あの私に色々と話をしてくれます。
一番口がです。親先生今度の椛目の、合楽の御造営と言うものがです。終わるまでは、銘々もう仕方もないこっだん、考えもされませんよと言うことが一番でした。ね。自分のいわばガリガリ的なですかね。自分の小さい例えば、おかげというですか。仕方のないことだな、もう考えもされませんよと言う事でした。そして自分のこん睡状態のときにね。本当もう霊界、神界いわゆるその霊界旅行、神界旅行ですね。神様の世界を旅行一通りこう回ってきておる。
これは私が頂いておることと一致しますから、本当に事実そういう世界があることだけは間違いない。またそれを否定したんでは、信心が成り立ちませんからね。御霊の世界。しかしあぁいう、あのもう死ぬか生きるかと言う様な時に、人達はこら皆んなが申しますことですもんね。そして只々いつもその、霊界に行ってはそれぎり、神様の世界に行ってはそれぎりという事はです。それはこの金光大神の世界だとこう思うですね。言うならば、お釈迦様の世界もあろう。キリストの世界もあろう。
また金光大神の世界もあろう、その金光大神の世界で、椛目が何時の場合どこででも、別格に扱われておるということには、もう椛目の皆さんに、この事を認識して欲しいという意味の事を申しました。椛目と言う事がもうとにかく只事ではない、椛目の誕生ということは、ね。これは昨日、熊本からあの富永先生の親教会ですね、いつも見えます。あちらの教会の若先生です。教務所に熊本の教務所に勤めておられる、まぁ熊本の教学では、あの第一人者と言われる大学出られた、中々頭の切れる方らしいんです。
なんと仰る方でしたかしら、夏目先生と言う方ですよね。椛目にもう三回ほど見えられました。その方がもう私の話を聞いてから、あまりにも教学的であるのに驚きましたち言うてから、言うておられますですね。しかしそうにゃ私のこんな、まぁそれこそ成程、神様の知恵でお話させて頂いておるのだけれど、教学ち言うと何だけど、これはあの伊万里の竹内先生なんかに話させてご覧、書かせてごらん。もう本当に立派な教学になるねて、言いよったところへ、竹内先生、昨日見えておりますもんね。
それでもう勿論、熊本におられた時から八年ぶりだったという、もう大変二人ここで会われたことを喜ばれましてですね。もう竹内先生がもう、私一生の椛目にご縁を頂いたということは、もう一生涯の喜びですち言うて、自分の実感を、あの、先生の申しておられたですもん。そんなわけでその丁度秋永先生ところに、あのお見舞いにお出でられましてね。それで昨日、あちらへ行ってから聞かせて頂いて、まぁ余談ですけれども。もう秋永先生が、今日は竹内先生の見舞いを頂いて。
面会謝絶ですから、あの外の方で面会室であの、見舞いの言葉だけ言うて帰りましたち言うておられました。それを秋永先生が、その事を言ってましたが。もう親先生、もう椛目のもんな、不行き届きであるということが分かりますち言うて、もう私共も不行き届きじゃった。もう竹内先生がこの前もお見舞いにお出でられて、あの行かれずにここまでで済み。今度二度目のお出でられたんです。それにですね。あのお見舞いがね、付き添い婦の方たちにまで行き届いておったち。
もう驚いてしまいましたち言うてから、秋永先生が言っておりました。それを聞いてから。本当に例えばそんなら病人を大事にと思うなら、そうしなければおられないのじゃないでしょうかね、本当言うたらね。例えば自分の身内のものがこの付き添いさんに、良うして貰わんならんと思うなら、やはり付き添い婦さんには行き届かなければおられないのである。ただ形式だけのもんだから、ただお見舞い持ってきましたと言わんばっかりのようにその病人の枕元にだけ、並べ立てると言った様なのが普通一般ですよね。
本当にその、私は私自身も、ほうなるほどなぁと、私も思いました。ね。それの中に、まぁ先生が話しておられるのですよね。久保山先生の生き方はそうです。大体あぁいうお話をなさっておられるが、あのやっぱ、先生の頭から出よる話でしょうかち言うて、ここで聞かれたち。これが、一日二日じゃない。も、十五年間続けておられます。しかも私がこうやってそれを、朝の御理解だけじゃあるけれども、控えておるけれどもね。一遍だって、同じことはございませんでした。
とてもどげん考えても、人間の知恵で話されよるとは思いません。そうでしょうねち言うてから、言うておられたそうですがね。ですからこれが、本当に教団のため近い将来にです、大変なお役に立つことが、時代が来るでしょうち言うてから、まぁ言うておられますですね。ね。例えば、そう言う様な事の中からでも、椛目が別格であるということが、私は本当に自覚しなければいかん。またそこのところに、有難いものを本当に感じなければいけないと思うですね。
とりわけ、昨日のあの、今美登里会の方達があの、御祈念奉仕の方達が頂かれた御理解なんかを頂かれてからもう、只々もう恐れ入ってしもうておられましたですね。あのおかげと言う解釈ですたいね。いわゆる教学です。教学とはそういう、教祖の神様のお言葉の一つ一つに、教導付けていく事なんですからね。だから人間の知恵力を持って、その理論立てて行くのですけれども。それの向こうの、やはり教祖のその時のお気持ちなんか分からんのですもん。
何故あぁなさったかと言った様なですね、そげな事から、おして私共はです。成程椛目は別格だと私は思うんです。ね。私は一番初めに、秋永先生の言葉です。頂きましたのはですね。合楽のお広前が、ちょうど発心山の中腹のところに、見事にまぁ出来かかっておるち言う。それがですね。もう驚きました驚きました、もうその落雷というですね、雷がですね、もう三つ一緒に落ちた。そしてあれほどの見事に出来上がりつつあった、お広前がもうそれこそ、何か大きなもので均される様にですね。
もう壊れて下に押しやられるようなところ。もうそれこそこれでしもた、これでもうどうするかと言うてその、言うて居る様な所から始まりましたということです。私はそれを思うてから、本当にこれは皆さんには、何にも話しておりませんけれども。確かに秋永先生の、それに匹敵するようなことが、椛目で三つあっております。私はこの頃から、本当にお取次ぎと言うものはもう、普通で出来る事じゃなかなといってることは、その事でした。ね。そういう様なこととてもです。
天地の親神様の願いが、本当の意味合いにおいて、合楽の地にご成就ならせて頂き、本当に、神様のいわば可愛い難儀な氏子達が、もうより沢山助かっていけれるためにです、そういう、例えばお払いを受けておると言った様な感じです。ですから先生椛目の人達が、あちらへ移らして頂く前にです、ね。もう本気でなるほど、椛目の信者がなるほど、別格に扱われておる、お広前のご縁を頂いておる信者じゃと。
現在ご神縁を頂いておる人達だけでも、そこのところの自覚が出来て、それだけの改まりと、それだけの信心を身に付けていかなければ、合楽には移られんという事なんです。ね。霊界とか神界とか、もう旅行談をです、まぁ色々こまごうに話を。先生そらあんたがね。あんたが今度は全快のおかげと、退院のおかげを頂いてから、椛目のものが一同にあのして下さい。
それを一つ皆んな楽しんで待っとるから、あんまり話して疲れるといけんから、その位にしとかんねち言うて、私が止めさしたんですけれどもね。もう本当にそれから言うても、生死の境をさまようたかと言うことが分かるですね。そこからおかげを頂いて、ね。ただそのことがおかげを頂いたということですけれども、結局その神様の願いが、あぁ言う姿で現れておるということ。そこにです。
またほんなら秋永先生の願いがです。ね。それこそ本当の願いと言うよりも、本当のおかげがです、ね。現れることであろうと、私は確信いたします。ね。神様の願いが地上になる。ま、そんなことを御理解頂いた事がありますね。ですからそれを少しこまめてもうしました言葉が、神様の願いが、合楽になるのです。合楽に成就するのです。もう少し小さく言うと、神様の願いが、ここで、大坪総一郎にかけられておる願いが成就するということなんです。
もう少し小さく言うと、皆さんの一人ひとりの上にです。神様の願いが成就することのために、皆さんは、精進なさらなければいけないという事になるわけですね。神様の願いが、それぞれの上に、成就するということが、また、私共の願いが成就するということであり、ね。そこに私共がです。お釈迦様のその言葉ではないですけれども、ね。天寿を全うしながら、そういう神様の願いが成就するという事を、生き甲斐としての生活信心にならなければならんという事を思わせてもらうですね。
どうぞ。